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第939話

Penulis: 宮サトリ
ただ一度会うだけなら、弘次も承諾するだろうと弥生は思った。

だが、すぐに「いや、彼は承諾しないかもしれない」とも思い直した。

友作や自分が考えつくことを弘次が考えないはずはない。

それでも彼女は賭けてみたかった。記憶を失っていようといまいと、ここに来たのは自分の意志だからだ。

過去の記憶はなくとも、体に残る本能的な反応や、自分の性格ははっきりしている。

自分で選んだ決断は、必ず熟慮のうえに下したもののはずだと彼女は信じていた。

「弥生、言っただろう。会わせることはできない」

弘次は微笑み、温和な視線を向けた。

「会うこと以外なら、何でも応える。君の望みを言ってみて」

その言葉に、弥生の眉は自然と寄った。

「......それじゃ困るの。私の望みはひとつだけだから」

弘次は逆に問い返した。

「本当にそれだけでいいのか?」

弥生は言葉を失った。

「会うだけで満足か?彼の傷を癒やしたくはないのか?彼を元の場所に帰りたいとは思わないのか?」

そう言いながら、弘次の手が弥生の手首にそっと触れ、次の瞬間には強く掴みこんでいた。

「もし僕が君の要望一つだけを認めるとしたら......会うことか、それとも彼を治療させて帰すことか、どっちを選ぶ?」

弥生はじっと彼を見つめ、数秒の沈黙の後に問い返した。

「......これも、私たちが以前に約束したこと?」

「いや、違う」

弘次はあっさりと答えた。

「これは約束ではなく、今この場で僕が君に与える選択肢だ」

弥生は彼をしばらく見据え、それから掴まれた手をすっと引き抜いた。

背を向け、口を閉ざした。

その態度に弘次は動きを止め、やがて言った。

「......考える時間が欲しいのか?構わない。僕たちには時間がある。急ぐことはない。答えが出たら教えてくれ」

彼は急がない。だが、病床にいるあの人はどうだろう。

この数日、記憶を失っている間に、きっと何の治療も受けられず放置されていたのではないか。

もうすでに何日も遅れている。これ以上迷えば......

「じゃあ、あとでまた来る」

そう言い残し、弘次は立ち上がり、部屋を出ようとした。

弥生は彼の背中を長く見つめ、扉を閉めようとしたその瞬間、思わず呼び止めた。

「......待って」

「会わせてくれないのなら、せめて彼の状態を見せてほしい
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